それぞれの思い
わたしの名前はレティーナ。
ご主人のところに来て、もうすぐ2ヶ月。早いものです。
一緒に生活をしてみて、いろいろなことがわかってきました。
毎日、わたしはご主人とともに行動しています。
彼は、毎朝充電の終わったわたしをカバンに入れ、お仕事に行きます。
残念ながら、お仕事中わたしを使うことはできないようですが、嬉しいことに、お仕事が終わったら、彼は真っ先にわたしを開き、ひたすらブログを書きます。
内容が思いつかない時は、何かブツブツと独り言を云っていますが、そんな時はあえて聞こえないふりをしています。
そして、せめてもの癒しにと、スクリーンセーバーという機能を使って、わたしに保存されている数々の天体や、風景の写真を見せるのです。
—–
あれからもうすぐ2ヶ月。
我が家にMacBookがやってきてからあっという間に時間が過ぎた。
MacBookを使ってみて、改めてこのコンピュータの優れたところに気づかされる。
キーボードのタッチは軽やかに、トラックパッドの動きは滑らかに。
彼女は思った通りの動きを実現してくれる。
私は彼女のことを、親しみを込めて「レティーナ」と呼んでいる。
彼女はコンピュータだから人間のような意志や感情はないが、本当はあるのではないかと錯覚してしまうほど、私の動きに実によく反応してくれる。
その上、バッテリーは長持ちだし、その軽さゆえに気軽に外にも持ち出すことができる。
デジタルカメラとの連携もとてもスムーズで、カメラをケーブルでつないだ瞬間に写真がクラウドに同期されてゆく。
何においても、使い勝手は最高の相棒だ。
だが、私の心には、どうしても引っかかっていることがある。
それはあの日見た夢の結末。
なぜ、あの時、あんな夢を見たのか。
そして私を手招きしたのは、本当に母だったのか。
あれ以来、毎晩のように夢の続きを見たいと思いながら床につき、次の朝にそれが叶わなかったことを知る。
—–
最近、ご主人は毎朝、少し悲しげな表情を浮かべます。
毎朝充電ケーブルを抜き、わたしをカバンに詰め込む時、少しだけその悲しさがわたしに伝わってきます。
あなたがなぜ悲しくなるのか、理由はわかっています。
ごめんなさい。わたしにもう少し力があれば、あの夢の続きを見せてあげられるのですが。
そして、わたしに感情がないと思っているあなたに、この気持ちをどうにかして伝えたいと思っています。
今夜、あなたにもう一度、気持ちを伝えられるか頑張ってみます。
—–
雪の日
福井の今日の天候は、雪。
昼過ぎから時折強く降り、夜になってその勢いはますます強くなっていく。
辺りの音が雪に吸収され、いつもよりしんと静まり返っている。
今日はたくさん写真を撮ってきた。
雪化粧を始めた私の住む周辺の街並みも、いろいろな姿を見せてくれる。
私はこれらをレティーナに取り込み、若干の加工をして、ブログへアップした。
素人の写真だけれど、これらはある意味私の記録写真でもある。
とても充実した気分だ。
レティーナを、普段はデスクの上で充電するが、今日は不思議な充実感の中、相棒を枕元に置いて充電を開始した。
私は雪がしんしんと降る福井で、レティーナの画面を閉じ、眠りについたのだった。
明日は、いい日になるだろう。
なんとなく、そんな気がした。
エピローグ
顔を洗い、身支度を整える。
いつもと同じようにコーヒーを入れて、出勤の準備だ。
ふと、レティーナを手に取ると、電源が切れていなかった。
「なぜだろう?」
私は朝の忙しない時間の中で、画面を開いてみた。
画面を開くとそこには・・・
白いAppleのマークが、しばらくの間表示され、なぜだか消えようとしなかった。
外には昨夜降り積もったたくさんの雪が積もっている。
ふと窓の外を見上げると、雪雲の切れ間から、綺麗な朝焼けが見えた。
私は急いでカメラを取り出して、1枚だけ、撮影した。
仕事から帰宅した後、その写真をレティーナへ取り込む。
そして写真を見てハッとした。
それは、紛れもなくあの夢の中の風景と同じだった。
場所も時間も、すべて異なる風景のはずなのに、そこに映る綺麗な朝焼けの紅は、母と見た風景と同じだった。
私は涙が溢れた。
やっと、私は母と巡り会えた気がした。
涙に滲む画面を見ながら、レティーナの画面に反射して映る私の顔が、ほんの少しだけ優しく笑っているように見えた。
そして、それを映すレティーナがまるで感情を持っているかのように、愛おしい存在に思えた。
「君が私にこの朝焼けを見せてくれたのかい?」
私は彼女に向かって問いかけた。
彼女は何も言わなかった。
「これから、たくさんの思い出を一緒に作ってゆこう」
私は彼女にもう一度、問いかけた。
彼女は、少しだけ、画面が明るくして見せたような気がした。
(完)
御礼
最後まで連載「俺の相棒」シリーズをお読みいただき、誠にありがとうございました。
私もこのような展開になるとは最初は思っていませんでしたが、お楽しみいただけましたでしょうか。
書いている私も、まったく先の読めない展開に、ドキドキの連続だったのは内緒ですが、このような機会を与えてくださった部長ナビさんをはじめ、アクセスいただきました皆様には深く御礼申し上げます。
次回、いつになるかはわかりませんが、もし可能であれば、また連載シリーズを続けて行きたいと思っております。
是非その時までお楽しみにしていただけると幸いです。